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経堂「ハスキーレコード」、閉店から1カ月 往年の売り場が埼玉で復活

ハスキー中川さん。東日本大震災直後、宮城県の木の屋石巻水産とのコラボイベント「さば缶縁景展」参加中の店内にて。

ハスキー中川さん。東日本大震災直後、宮城県の木の屋石巻水産とのコラボイベント「さば缶縁景展」参加中の店内にて。

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 経堂農大通りの近くで2005(平成17)年5月から営業を続けてきたレコードCD専門店「ハスキーレコード」が7月2日に15年の歴史に幕を閉じて1カ月がたった。4月に逝去したオーナー、ハスキー中川さんの人柄をしのぶ声は今も絶えない。  

ハスキーレコードのレコードやCDが並ぶ埼玉県坂戸市の「芽瑠璃堂(めるりどう)坂戸店」店内

 中川さんは1950(昭和25)年、文京区本郷に生まれた。2歳から赤堤2丁目で育ち、以来68年間、経堂で暮らした。大学時代、当時の若者に絶大な人気があった経堂在住のエッセイスト、評論家の植草甚一とすずらん通りの遠藤書店で出会い、「君なら古本をたくさん運べそうだ」と、渋谷や銀座、神田神保町などの古書店巡りに付き合うようになり影響を受けた。

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 70年代からDJや音楽プロデューサー、ライターとして活動。大手のレーベルや出版社との仕事の傍ら、「文化は街の小さな場所から」の信念を持ち、ライブハウスやバー、カフェなどでのイベントにも積極的に関わった。店を訪れる若い世代のDJやミュージシャンの相談にも親身になり、千歳船橋のAPOCシアターや近隣のカフェの音楽イベントやトークショーのプロデュースも行った。

 経堂住人に愛された中川さんと店の閉店を惜しむ声は多く聞かれる。  

 経堂を拠点に活動する二胡奏者のtomomiさんは「いつもフラリと店に立ち寄ると、閉店間際でも時間を忘れて音楽談義。CDを流した時のハスキーさんの表情、熱くも優しく心強いメッセージ、本当にたくさんの励みをもらった。ハスキーさんが店内にある楽器を鳴らし始めると店頭での路上セッション。これもハスレコスタイル。音楽に耳を傾ける通りすがりの街の方々と交わした会話も忘れられない。店で出会ったミュージシャンたちとのつながりもありがたかった。誘っていただいた保育園の音楽イベントでの子どもたちの笑顔もすてきだった。いつも日常の中に、温かな人と音があふれる場所だった。ハスキーさんから頂いたものは、縁があった皆の心のなかで鳴り響き続けるはず」と中川さんをしのぶ。

 長男でラッパーの PIG THE RYOこと中川良太さんは「幼いころからおやじがクラブDJとして活動していたのを覚えている。自分も音楽を始め、2000年代に入ってすぐ、都内のクラブで日本初の親子オーガナイズイベントを開いたのは忘れられない。2006(平成18)年に出したファーストアルバム『plastic Box』の18曲目『KOE』には制作に参加した親父の肉声が残されているが、録音しておいて良かった」と振り返る。  

 革パン刑事名義でDJ活動を続ける経堂在住の二階堂晃さんは「昭和歌謡DJをしている関係で、よく店で長話をした。かわいくて、おしゃれで、地元を愛する頼もしいジェントルマンだった。先日、埼玉に行ってハスキーさんセレクトのCD、レコードを買ったが、手描きのPOPがやっぱり良かった」と懐かしむ。

 同店の15年間を見続けてきた常連の一人は「とにかく街が好きで、商店街の個人店を愛していた。どんな人とも肩書き関係なく付き合い、人や店を不思議なくらいつなげる人、経堂の何の縁もなく飲食店を始めた若者がハスキーさんをきっかけに人の輪が広がり、経営が軌道に乗ったような話はいくらでもある」と笑顔で涙ぐむ。  

 残されたレコードやCDは埼玉県坂戸市のレコード店「芽瑠璃堂(めるりどう)坂戸店」が引き取り、7月から中川さん手描きのPOPと共に売り場に並んでいる。良太さんは「新型コロナウイルスの影響でお別れ会が延期になっているが、収束したらおやじらしい会を開きたい」と話す。